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TOPIX

P・リベロー・ガイヨン教授のロングインタビュー

業界新聞(酒販ニュース9/11号)に掲載されたインタビュー記事が 結構おもしろいので、そのまま載せてみます。


<ボルドーワイン>醸造技術とテロワール


Q:タンニンを完熟させ、エレガントなタンニンを抽出するため、栽培・ 醸造段階での「タンニン・コントロール」が世界的に注目されているが?

A: 「良質なタンニンはブドウの果皮由来の成分だ。タンニンに影響を 与える要素としては二つある。発酵過程でタンニンをよりエレガント に変えいく方法もあるが、一番大切なのは栽培時における管理だ。 単位面積当たりのブドウ収量を制限することは、エレガント」なタン ニンを得るためにとても有効だ。タンニンと同じポリフェノール類 であるアントシアニンは色に影響を与える。一番大切なのは、栽培 段階において、完熟したタンニン、豊富なアントシアニンを得る技術 だ。醸造段階におけるタンニン・コントロールは、そもそもブドウに 良質なタンニンがあっての話しだ。とくに、カベルネ・ソーヴィニォ ン、メルロといったタンニンの強いキャラクターを持つ品種は、フラ ンスのテロワールと合わさるとすばらしいタンニンが得られる」
「質の高いタンニン、すなわち『エレガントなタンニン』は、ブド ウと直接関係している。ブドウ品種、ブドウ樹の栽培法、収穫量、そ してそれを有効に導き出す手段として、醸造方法に左右されると言え よう。発酵中のタンニンの抽出は、マセラシオン(浸漬=発酵果汁と 果皮との接触)の条件によって決まる。破砕の強度、マセラシオンの 時間の時間、ルモンタージュ(液循環)やその他の撹袢、均質化作業 などである。タンニンが高濃厚でしっかりしているにもかかわらず、 しなやかで優雅な長期熟成に適したワインとなる。タンニンの質が不十分な場合は、過剰抽出によって荒々しく粗野なワインになってしま う危険がある。その場合はマセラシオンの時間を短くし、軽いがフレ ッシュ新鮮でフルーティな、比較的若いうちに飲めるワインを造るほ うが好ましい。」

:バリック(225Lの木樽)をはじめとする木樽での熟成がタンニンに与 える影響はどうか?

A:「タンクで発酵したワインをバリックに移すことにより、ワインに柔 かさを付加することができる。木樽での熟成は、樽材の質、焼き方、 新樽の割合、熟成期間などの影響を受ける。タンニンのエレガントさ ブドウに集中由来しているので、樽材の影響を受けることはない。 しかし、そうは言っても、樽材の特質がそのワインの全体的な構成、 とくにタンニンの性質と樽から抽出される成分の濃度とが調和してい る必要がある」 

 

Q:よく言われる「テロワール」とは、どのような概念か。

A:「大変おおざっぱに言えば、糖度や酸度、アロマ、そしてタンニン成分など、『そのブドウ品種の成熟を可能にする土壌と気候条件に恵まれた場所』のことだ。例えば、カベルネ・ソーヴィニォン。フランス以外の国でも、評価の高いワインが造られるようになっており、そのなかにはボルドースタイルのものもある。しかし、やはり、ボルドーがカベルネ・ソーヴィニォンの栽培には最も適していると私は認識している。『技術以外の何か』であり、私はそれを高貴と呼ぶにふさわしいボルドーの土壌にあると思っている。」

「軽くてフルーティなワインやタンニンがただ強いだけのワインは、世界中で簡単に造ることができる。しかし、ボルドーワインのように力強く、かつエレガントなワインを造るのはそう簡単なことではない。そこにある『テロワール』の違いは大きい。暑すぎる地域では、糖度は上昇するが繊細さが失われてしまう。ボルドーは暑すぎず寒すぎず、かつカベルネ・ソーヴィニォンが完熟できる気候風土だ。そして、そのブドウがもつポテンシャル(潜在能力)を完全に引き出す技術がある」

 

:つまり「テロワール」をより反映したワインがボルドーワインの特徴なのか。

A: 「いまボルドーワインがこれほどまでに世界中でもてはやされている理由は、ワイン造りにかかわる人間の努力、情熱が『愛される』ワインを造る源になっているからだ。ボルドーはワイン造りにおいて、世界でも群を抜いた大変恵まれた土地だ。その恵まれた土地を十二分に活用しブドウを栽培しワイン造りを行っている。良いワインを生む産地は、例外的に恵まれた風土であり、かつそこに携わる人々、すなわち人的要素が大きく影響してくる。」

 「つまり、それはどういうことかと言えば、ボルドーが他の産地と比べてたぐいまれな恵まれた土地だとはいえ、『それ以上の何か』が必要だということだ。ワイン造りにおける改善と改革がそれだ。その一つが栽培面での改善だ。ブドウはそもそも大量に実をつける植物で、たくさんならせるとどうしても質の悪い果汁が入ってくる。また、病害虫にも弱い。畑における病害虫に対する防除体制の確立、衛生管理技術の向上があったからこそ、現在のボルドーワインがある。 

 

:ボルドーでは収穫時期に雨が降ることが珍しくないが、その対処法は・・

:「『減圧式濃縮機』による果汁濃縮がAOCで規定されている。これは (化学組成に変化をもたらさず)ブドウから余分な水分を取り除く方法だ。 すでに一部シャトーで導入されており、実験段階のシャトーもある。赤ワ インのブドウ果汁濃縮は、降雨のあとでブドウの粒が過度に肥大した場合 など、いくつかの限定された状況においては良い結果を生む。」

 

:しかし、それはミレジム(収穫年)による特徴がなくなるばかりか、その土地由来の気候風土に関るテロワールをもワインから取り去ることにならないか。

:「確かに、ワインはミレジムの反映であるべきだ。しかし、常時やるわではないのでその心配はない。収穫直前に降った雨の影響で『水膨れ』に なったブドウから(化学的変化ではなく物理的変化の範疇で)余分な水分を除去するという作業にすぎない。そもそもブドウのポテンシャルが低ければ、水分を除去することで逆に悪い要素が際立ってしまう場合もある。ブドウそのもののポテンシャルの向上は、最良の品質に仕上げようとするブドウ栽培者の責任であることに変わらない」
「ブドウにとって、色素やタンニン成分をもたらす果皮と果汁とのバランスが重要だ。そのため、過度な水分を除去することによりワインは濃縮する。 ただし、この操作は決して普遍化してはならない。この操作は一定の場合においてのみ行う。昔は良い年と悪い年との格差が大きかった。しかし、この技術改良のおかげで極端に悪い年がなくなり、常に一定れレベル以上のワインができるようになったのも事実だ。」

 

:具体的な減圧濃縮の方法のついては・・・

:「真空(減圧)蒸発による果汁濃縮は、果汁に対するマール(かす帽)の割合を増やし、骨組みがよりしっかりしたワインを得るために、赤ワイン用ブドウについてのみ行われる。作業はタンクが満杯の際にできるだけ早 く、すなわち発酵が始まる前に行う。まずタンクを密封しタンク内の圧を抜く、圧を抜くことによりタンク内の温度が上昇(25℃程度になる)、水分のみを取り除くことができる。五〜十年ほど前から、グラン・クリュで はこの方法が(収穫前に雨が降り急激にブドウに水分が取り込まれた時に 限り)主流となっている。約10%の濃縮になり、最大で25%まで可能 だ。もちろん、このような作業は先程述べたように、やらないに越したことはない。過重に対するマールの割合をふやす方法として伝統的に行われてきたこととして、セニエ(一定量の果汁を抜き取る)という方法もあるが、この方法は果汁を抜くことによって、マールからの抽出度合をより高める手段で、ブドウから余分な水分を取り去る濃縮とは異なる。」

 

:とくにカリフォルニアでは、従来のステンレスタンクによる発酵から木製タンクへの回帰が注目されているが・・・

:「ステンレスタンクは、木製タンクと比べ発酵終了後に冷えるスピードが急だ。赤ワインの場合、タンクの急激な冷却を避け、発酵後のマセラシオンのためにタンクが十分な温度を確保する温度管理がますます求められている。ジャケットなどの装置は冷却用に使用するが、加熱にも使える。タンニン成分の抽出は加熱することにより必要な条件を得ることができる。ただ、加熱の必要性は外気温次第だ。無理に加熱し過剰抽出すると粗野なワインになる。」

 

:白の技術改革については・・・

A:「ボルドーの白ワインというと甘口の白を想像する方が多いと思うが、じつは辛口の白の関する改革が著しい。これは、赤の改善スピードより早い。かっては赤より白の方が多く生産されていたが、テクニックの問題から市場で低い評価を受けざるを得なかったのが実情だ。良い白ワインを造るのはそう簡単ではなかった。」
「まず、粕の成分がワインに残ってはならない。良質で傷のない成熟したブドウの果皮に香味成分がある。その成分を損なわない程度のスキンコンタクトが重要だということがえわかってきた。かっては手動式の機械で一晩かけた圧搾していたが、機械の進歩でより早く搾ることが可能になり、果汁の混濁が解消された。また、温度管理や果汁酸化の問題も解消されてきた。香りを立たせ、香味成分安定かのため、バトナージュ(撹はん)の技術を多用するようになったこと、また、樽発酵の技術が改善された点も大きい。」

 

:高品質のワインを生産するためにはどのようなブドウが必要なのか

A:「まず、優秀品種(貴品種)のブドウであること。そして、健全果(無傷のブドウ)であり、完熟していることが条件だ。これらの条件みたすブドウ樹は、良好な成熟が可能な優良テロワールで栽培されることがまず前提となる。そして、樹勢が強すぎず、収量が過剰にならない、また様々な病害虫から守られている、完熟な状態で収穫できる、などが条件だ。」

 

:最近、世界的に注目が集まっているヴィオデナミ(有機農法)やオーガニックについては

:「あくまでも栽培の一技術にすぎない。いわば、消費者に対するアピールの側面が強く、より環境負荷のない作り方ということだろう。普通の栽培方法よりも余計に手間をかけて栽培していることは確かだが、ブドウの品質向上への効果については完璧に説明できる人はいない。 あまり手間をかけることによって、逆にブドウの樹やワインに悪影響を与えることも十分に考えられる。ヴィオデナミでは、農薬散布を制限しているが、病気を排除することに常に成功しているわけではない。ただ、残留農薬問題については、その汚染から消費者を守っている一面もある。しかし、だからといって有機農法がブドウの品質、すなわちワインの品質を向上させるという証拠はどこにもない。ブドウ栽培地のなかには非常に有効な酵母が存在しており、過剰な農薬散布は野生(自然)酵母はもちろん、純粋培養酵母の働きをも抑制してしまうため、農薬の使用を最小限に抑えることはヴィオデナミの手段を選ばなくても大切なことだ。」

 

:「テロワールを反映するワイン造り」という点では、「そのブドウについてる自然酵母、あるいは長年蔵に棲みついている酵母でワインをつくるというのが大前提」と主張する醸造家もいる。

:「私は、自然酵母・培養酵母を問わず、酵母はすべて同じだと認識している。実際、いろいろな酵母が生きて働いており、そのすべてが酵母ではないか。酵母が発酵に果たす役割は大きく必要不可欠ではあるが、ワインへの影響はそれが全てではない。酵母がワインをつくるのではなく、やはりブドウそのもののポテンシャルが重要だ。白ワインの場合で言えば、良質な白ワインを造るには良い発酵、すなわち温度コントロールが大きなカギとなる。その一つに酵母の選択もある。現在では、経験値をふまえ、どんなブドウにどういう酵母が合うか、科学的に解明されつつある。ただ、赤ワインの場合は自然酵母を使って良い赤造るというのは明白な事実だが、それでもやはりブドウがすべてだ。ワイン酵母の育種が一般化したのは、清潔さを重視したため、野生(自然)酵母が常に自然界に十分残存するとは限らなくなってしまったためだ。野生酵母のなかには、酢酸エチルなどの異臭を生成するものもあり、ワイン醸造において欠点のある酵母も少なくない。純粋培養酵母の使用はワイン酵母として好ましい特性をもつ菌株を選別しておこなわれる。」

 

:日本では一部で「酸化防止剤(亜硫酸塩)無添加ワイン」が人気をあつめているが・・・

:「しかるべき理由があって亜硫酸塩が使用されている。亜硫酸塩の添加により、酒質が向上する。おそらく世界のどこかには亜硫酸塩無添加の優良ワインがあるかもしれないが、それは、非常にまれだ。亜硫酸塩を完全に排除するのではなく、ワインの品質向上の意味からも、できるだけ添加量を少量に抑えることの方が重要だ。」


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